***11月23日***
妻が犬に話しかけている。「お腹すいちゃったのおお。はい今作るからまっててん。」
私はそれを見ている。
女は凄いと思う。偉いと思う。妻はああして連綿と続く生活を面白おかしく加工して過ごして
いるんだろう。生活の大体において面白おかしいことをしない私を妻は責めない。
いくら彼女を眺めていても私自身は一向に面白くなるわけでなし、誰かを面白がらせるでなく
自ら面白く生きる気力もなくそんな私なのに、誰か、もうほんのすこし私を面白がらせてくれな
いかなあと心の中で密かに密かにつぶやいている。20時。
私は工場で働いている。
食用の牛を解体する、いわゆる屠場だ。
屠場では牛を電気ショックによって瞬時に殺し、その死体をベルトコンベアーに吊るして、
様々な解体行程を流れ作業で施したのち、パック詰めにして出荷するのだが、私はその行程の
中で牛の前肢を大きなペンチで切り落とす係を担当している。
ベルトコンベアーによって私のところに辿り着く頃には、牛は既に頭をもがれ胴体を真ん中で
縦一筋に切り裂かれ内臓をすべて取り出された状態になっている。
仕事を始めたばかりの頃はそのグロテスクな見た目もさることながら、何よりも匂いがきつか
った。1カ月は吐いたり吐かなかったりを繰り返した。
しかしもうそんな事にはすっかり慣れた。なあと今となっては思う。慣れたことも忘れかけて
いた。
生命をいつくしむ心を失くしたつもりはないが、少なくとも牛が死ぬ場面や牛の死体には抵抗
がなくなってきた。抵抗がなくなってきた自分に抵抗を感じることで、人間らしさを失っていな
い、と確認できる。
勤務態度が評価され、近々もっと重要な仕事をまかされるらしい。
生きた牛に電気ショックを喰らわせ、その生命に直接幕を下ろす係だ。実はとても危険な仕事
でもある。
現場に輸送された牛を狭いスペースに押し込め身動きとれなくさせて、ハンディタイプの、ス
タンガンのちょっと大きいやつみたいな道具で、牛の額に電気ショックの一撃をあたえるのだ。
その直前、牛は死を察知してほんの一瞬、目を剥きだしにして息を荒げ、怒りとも恐れとも何
ともいえないエネルギーに満ちた表情をする。ほとんどの牛は最後の抵抗を示し、スペースの中
で暴れる。そのとき相当注意して瞬時に殺さないと、牛に余計なストレスをかけて肉質が悪くな
るばかりでなく、悪くすると事故を起こしてケガ人が出る。
私には子供が二人いる。
今日は上の娘の、12歳の誕生日だった。
誕生日が12月である8歳の弟は、朝から「お姉ちゃんばかりずるい」とごねていた。
ケーキの火を消す段になって「僕が消す」と息子が言い出した時、娘が譲ってやったのを見て、
成長を感じた。
一息で全部の火を消せなくて、息子はまたごねていた。
女は偉い。
日記を始めようと思う。
私の人生はただこの一瞬一瞬をやり過ごすだけだが、
私の過去と未来はこの家族の生命で満ち満ちている。家族の思い出と家族への希望が、私の
「記憶」のなかで確かなものとして刻まれていく。
子供達にもそんな幸せな過去と未来を紡いでほしい。自らにとってのみ重大な生命と触れ合っ
て生きていってほしい。
牛、ごめん。
続く。